
となりのトトロでサツキとメイたちがなぜ引っ越したのか、その理由が気になっている方は多いのではないでしょうか。
また、物語のラストでなぜお母さんに会わないのか、そして最終的にお母さんはどうなるのかといった結末の真意についても深く知りたいと感じているはずです。
この作品には、一見しただけでは分からない深い設定や時代背景が隠されており、それらを知ることで物語をより感動的に味わうことができます。
この記事を読むことで、以下の点について理解を深められます。
・お母さんの病気の正体と昭和30年代における当時の状況
・物語のラストで姉妹がお母さんに会わずに帰った深い意味
・引っ越してきた家や父親の職業に隠された意外な設定
となりのトトロでなぜ引っ越したか真相を解説
- お母さんの病気療養のためだった
- 結核という病気の時代背景
- 七国山病院に近い環境を選んだ
- 空気のきれいな場所が必要だった
- あの家は療養用の別荘だった
- 引っ越し前の住所はどこだったか
お母さんの病気療養のためだった
『となりのトトロ』サツキとメイの母親・草壁靖子が入院した七国山病院。モデルとされる東村山市の療養所「保生園」http://t.co/njYHJXfo4wpic.twitter.com/6JkeEToeuf
— ジブリのせかい【非公式ファンサイト】 (@ghibli_world) September 7, 2015
サツキとメイ、そしてお父さんの草壁家が田舎へ引っ越した最大の理由は、入院しているお母さんの病気療養を支えるためです。
物語の冒頭では楽しそうに引っ越し作業をする様子が描かれていますが、その背景には家族の切実な事情がありました。
お母さんは「七国山病院」という病院に入院しており、退院の目処が立つまで静かな環境で過ごす必要がありました。
お父さんは、妻の病院に少しでも通いやすく、かつ子供たちが自然の中で健やかに育つことができる場所を選んだのです。
一見すると憧れの田舎暮らしのように見えますが、実際にはお母さんの回復を第一に考えた家族の決断でした。
作中ではお母さんが一時帰宅を楽しみにしている様子や、風邪をこじらせて帰宅が延期になるシーンがあります。
これらの描写からも、家族の中心にあるのが「お母さんの病気を治すこと」であり、そのための環境作りとして今回の引っ越しが行われたことが分かります。
結核という病気の時代背景
お母さんが患っていた病気は、作中では明言されていませんが、当時の時代背景や設定資料から「結核」であったことが濃厚です。
物語の舞台となっている昭和30年代初頭において、結核は「国民病」とも呼ばれるほど一般的でありながら、非常に恐れられていた病気でした。
当時の医療事情を考えると、結核の治療には特効薬が開発され始めていたものの、依然として長期の入院と安静が必要不可欠でした。
現代のように短期間で治る病気ではなく、年単位での療養が求められることも珍しくありませんでした。
そのため、サツキがお母さんの死を心配して泣き出すシーンには、当時の人々が結核に対して抱いていた「死に至る病」という恐怖心がリアルに反映されています。
しかし、この時代は医学が進歩し、不治の病から「治る病気」へと変わりつつある過渡期でもありました。
お母さんが入院して治療を受けていることは、回復への希望を持っていたことを示しており、家族全体がその希望を信じて生活していたと言えます。
七国山病院に近い環境を選んだ
草壁家が引っ越し先に選んだ場所は、お母さんが入院している「七国山病院」からほど近い地域でした。
これは、お父さんが仕事の合間を縫って見舞いに行ったり、何かあったときにすぐに駆けつけたりできるようにするための配慮です。
七国山病院のモデルとなったのは、東京都東村山市にある「保生園(現在の新山手病院)」と言われています。
この地域は緑豊かで空気が澄んでおり、結核の療養所として実際に利用されていました。
お父さんは大学での仕事や執筆活動があるため、都心へのアクセスと病院への距離のバランスを考慮してこの土地を選んだのでしょう。
子供たちにとっても、お母さんの近くに住んでいるという事実は大きな安心材料でした。
物理的な距離が縮まることで、心理的にもお母さんを身近に感じることができ、家族の絆を保つ上で非常に重要な選択だったと考えられます。
空気のきれいな場所が必要だった
結核の治療において、当時は「大気療法」という考え方が重要視されていました。これは、新鮮で清浄な空気を吸い、栄養のある食事を摂り、十分な睡眠をとることが回復への近道だとされていたからです。
都会の排気ガスや埃っぽい空気は呼吸器系の病気には大敵であり、転地療養は医師からも推奨される一般的な治療手段でした。
草壁家が引っ越してきた松郷(まつごう)の地域は、森や田んぼに囲まれた自然豊かな場所です。
この環境は、サツキやメイの健康にも良いだけでなく、お母さんが退院した後に自宅療養をする場所としても最適でした。
お父さんは、お母さんが退院して家に戻ってきたときの生活環境まで見越して、この緑あふれる土地を選んだのです。
実際に、新鮮な空気の中で生活することは免疫力を高める効果も期待できます。
家族全員が健康でいることが、結果としてお母さんを安心させ、回復を早めることにつながると考えたのかもしれません。
あの家は療養用の別荘だった
サツキとメイが「お化け屋敷」と呼んで大はしゃぎしたあの家には、実は少し切ない裏設定が存在します。
宮崎駿監督の話によると、あの家はもともと「結核患者を療養させるために建てられた離れのある別荘」だったそうです。
和風の母屋に洋風の白い部屋がついている独特の構造は、病人が日光浴をしたり、快適に過ごしたりできるように設計されたものでした。
しかし、前の住人はこの家で療養をしていましたが、完治することなく亡くなってしまったと言われています。
そのため、長い間空き家となっており、近所の人々からは少し不気味な場所として認識されていた可能性もあります。
草壁家がこの事情を知っていたかどうかは定かではありませんが、療養に適した環境であることは間違いありません。
日当たりの良い縁側や風通しの良い部屋は、これから退院してくるお母さんを迎えるのにぴったりの条件を備えていました。
引っ越し前の住所はどこだったか
物語の中で引っ越し前の具体的な住所については語られていませんが、さまざまな状況証拠から推測することは可能です。
お父さんの仕事が大学の非常勤講師であることを踏まえると、以前は大学に通いやすい東京都内の住宅地に住んでいたと考えられます。
当時の生活様式や職業的な背景から想像すると、世田谷や杉並といった、比較的文化人が多く住むエリアのアパートや借家に住んでいたのかもしれません。
そこでの生活は便利だったかもしれませんが、自然とは縁遠く、お母さんの療養には不向きな環境だったのでしょう。
都会の喧騒を離れ、不便さを承知で田舎へ移り住んだことは、家族にとって大きな変化でした。
しかし、それは単なる住居の変更ではなく、家族のあり方を見つめ直し、全員で困難を乗り越えようとする決意の表れでもあったと言えます。
となりのトトロでなぜ引っ越したか結末と意味
- お母さんはどうなるのか退院を確認
- ラストでなぜお母さんに会わないか
- サツキとメイの成長を描くラスト
- 父の職業と新しい生活スタイル
- となりのトトロでなぜ引っ越したか総括
お母さんはどうなるのか退院を確認
おかあさん「あの子たち、見かけよりずっとムリしてきたと思うの。サツキなんか聞き分けがいいからなおのことかわいそう…」#となりのトトロ #トトロ #サツキ #メイ #夏はジブリ #金曜ロード pic.twitter.com/xt0105u6OT
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) August 14, 2020
物語を最後まで見守った視聴者が最も気になるのは、お母さんの病気がその後どうなったのかという点でしょう。
結論から言えば、お母さんは無事に回復し、退院して家族のもとへ戻ることができました。
映画のエンドロールでは、お母さんがタクシーに乗って家に戻ってくるシーンや、家族みんなでお風呂に入っている幸せそうな様子が描かれています。
また、サツキとメイが布団に入り、お母さんに絵本を読んでもらっている場面もあります。
これらの描写は、彼女の病状が安定し、家族との普通の生活を取り戻せたことを明確に示しています。
一時帰宅が延期になったときは不穏な空気が流れましたが、それはあくまで一時的な体調不良であり、致命的な悪化ではありませんでした。
トウモロコシを食べたから治ったというファンタジー的な解釈もありますが、医学的な治療と家族の支えが実を結び、ハッピーエンドを迎えることができたのです。
ラストでなぜお母さんに会わないか
ネコバスに乗って病院まで辿り着いたサツキとメイが、なぜ直接お母さんに会わずにトウモロコシだけを置いて帰ったのか、不思議に思う方もいるかもしれません。
せっかく来たのだから顔を見ればいいのに、と感じるのは当然のことです。
しかし、ここで二人がお母さんに会わなかったことには深い意味があります。
それは、二人がお母さんの元気そうな笑顔を見て「安心したから」です。
窓の外から両親が楽しそうに話している姿を見た二人は、お母さんが死んでしまうかもしれないという不安から解放されました。
不安が解消された今、無理に会って甘える必要はなくなったのです。
また、もしここで二人が姿を現していれば、お父さんやお母さんに余計な心配をかけてしまう可能性もありました。
子供だけで病院まで来たとなれば、大騒ぎになるのは目に見えています。
自分たちの無事よりも、お母さんに栄養のあるトウモロコシを届けるという目的を優先し、静かに立ち去ることを選んだのです。
サツキとメイの成長を描くラスト
ラストシーンで二人がお母さんに会わずに帰った行動は、サツキとメイの精神的な成長を象徴しています。
これまでの二人は、お母さんに会いたい一心で寂しさを募らせ、特にメイは感情を爆発させて迷子になるほどでした。
しかし、トトロやネコバスとの冒険を経て、二人は「ただ甘えるだけの子供」から一歩踏み出しました。
自分たちの寂しさよりも相手の健康を願い、陰からそっと支えるという行動は、思いやりの心が育った証拠です。
トウモロコシに「おかあさんへ」とメッセージを刻んで窓辺に置いたことは、直接的な接触以上に深い愛情表現だったと言えます。
このラストシーンは、単なる再会の物語ではなく、困難を乗り越えて自立していく子供たちの通過儀礼として描かれています。
親離れとまではいきませんが、精神的に少し大人になった二人の姿こそが、この映画の本当の結末なのかもしれません。
父の職業と新しい生活スタイル
この引っ越しが可能になった背景には、お父さんである草壁タツオの職業も大きく関係しています。
お父さんは大学で考古学の非常勤講師を務めながら、自宅で中国語の翻訳や執筆活動を行っていました。
毎日決まった時間に会社へ通勤する必要があるサラリーマンとは異なり、週に数回大学へ行けば良いため、都心から離れた田舎でも生活が成り立ちました。
自宅で仕事ができるという柔軟な働き方は、病気の妻を支え、幼い子供たちの面倒を見る上で非常に適していたと言えます。
また、お父さんが家事や育児に協力的で、子供たちの話を対等に聞いてくれる姿勢を持っていたことも、新しい生活が上手くいった要因です。
この時代において、男性がこれほど家庭に関わる姿は珍しかったかもしれません。
草壁家の生活スタイルは、お母さんの療養を中心としつつも、それぞれの個性を尊重した先進的な家族の形を示していました。
となりのトトロでなぜ引っ越したか総括
- 草壁家が引っ越した主な理由はお母さんの病気療養のため
- お母さんの入院先は七国山病院でモデルは新山手病院とされる
- お母さんの病気は当時国民病と言われた結核である可能性が高い
- 結核治療には空気のきれいな環境での安静療法が推奨されていた
- 引っ越し先の家はもともと結核患者のための別荘だったという裏設定がある
- 引っ越し前の住所は都内のアパートなどが想定される
- ラストでお母さんに会わないのはサツキとメイが安心したため
- 直接会わずに帰った行動は子供たちの精神的な成長を表している
- トウモロコシを置いたのはお母さんの回復を願う純粋な愛情表現
- エンドロールでお母さんが退院して帰宅する様子が描かれている
- お母さんは一時帰宅延期を乗り越えて無事に回復した
- お父さんの職業は考古学の非常勤講師と翻訳業である
- 自宅で仕事ができる環境が田舎暮らしを可能にした
- 物語は単なるファンタジーではなく家族の再生と成長の記録である
- トトロとの出会いは子供たちが不安を乗り越えるための助けとなった

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