
こんにちは。
アニメ『葬送のフリーレン』第2期、皆さん楽しんでいますか?
今回は第31話「好きな場所」についての感想と考察を、熱量たっぷりに語っていきたいと思います。
原作を読んでいる私としては、今回のアニメーションによる補完と演出の深さには脱帽でした。
「あ、ここをこう膨らませるんだ!」という驚きと、キャラクターたちの何気ない表情から伝わってくる感情の機微。
それらが相まって、見終わった後に心地よい余韻がいつまでも残る、そんな素晴らしいエピソードでした。
今回は前半の「エトヴァス山の秘湯」編と、後半の「フェルンとシュタルクのデート騒動」編の二本立て構成でしたが、どちらも「記憶」と「継承」というテーマで美しく繋がっていたように感じます。
それでは、じっくりと振り返っていきましょう。
廃村と秘湯、そして受け継がれる「くだらない冒険」
物語の冒頭、一行が訪れたのはかつて温泉で栄えていたはずの村。
しかし、そこにあったのは崩れた石壁と、わずかな生活の痕跡だけでした。
フリーレンが「人間は油断するとすぐいなくなっちゃう」と淡々と言うシーン。
これ、さらっと流されていますが、エルフという長命種ならではの残酷なほどの時間感覚のズレと、それを受け入れている彼女の寂しさが同居していて、冒頭から胸がギュッとなりました。
30年や50年なんて、彼女にとってはつい昨日のこと。
でも人間にとっては、村一つが消滅するほどの長い歳月なんですよね。
そんな中、シュタルクが地元の子供たちとすぐに打ち解けている描写には癒やされました。
彼のこういうコミュニケーション能力の高さというか、人懐っこさは本当に才能だと思います。
そして、彼が提案した「エトヴァス山の秘湯」への旅。
ここでのシュタルクの動機が本当に泣けるんです。
彼はただ温泉に入りたいわけじゃない。
かつて師匠であるアイゼンが、ヒンメルたちとした「くだらない冒険」の話をしていて、その時見た景色を自分も見たかったから。
この「同じ景色を見たい」という動機こそが、この作品の根底に流れるテーマの一つですよね。
フリーレンがヒンメルたちの足跡を辿るように、シュタルクもまた、アイゼンの記憶を追体験しようとしている。
世代を超えて、同じ場所で同じ風を感じようとする行為。それがどれほど尊いことか。
道中の描写もアニメならではの丁寧さが光っていました。
特に印象的だったのが、崖を登るシーンでの「対比」です。
過去の回想で、ヒンメルがヘロヘロになったハイターの手を引いて引き上げるシーン。
そして現在、フリーレンがフェルンの手を引いて引き上げるシーン。
この構図が完全に一致しているんです。
これには鳥肌が立ちました。
かつてヒンメルが仲間を導いたように、今はフリーレンが新しい仲間(弟子)を導いている。
言葉にしなくても、こういう映像演出だけで「想いが継承されていること」を伝えてくるアニメスタッフの仕事ぶりには、本当に頭が下がります。
そして待ち受けていた魔物との戦い(笑)。
「竜みたいな見た目だけどトカゲに近い」というフリーレンの適当な解説も面白かったですが、あんな巨大な三つ首の怪物を相手に、シュタルクを囮にして走らせる作戦。
あれはひどい(褒め言葉)。
原作ではコマ数も少なくあっさりしていた戦闘ですが、アニメだとシュタルクが必死に走り回る姿や、連携して三つの首を同時に斬り落とそうとするシーン描かれていて、彼らのパーティーとしての連携力(?)が上がっていることも感じられました。
苦労の末にたどり着いた秘湯が、まさかの「足湯」だったというオチ。
「労力に見合わない」とぼやくフリーレンに対して、シュタルクが「これならみんなで一緒に入れるね」と笑うシーン。
ここが前半のハイライトだと思います。
男女混合パーティーだと、普通の温泉なら分かれて入ることになりますが、足湯なら3人で肩を並べて、同じ夕日を眺められる。
アイゼンが言っていた「くだらない冒険の思い出」とは、温泉の質なんかじゃなくて、仲間と苦労して山を登り、並んで座って「なんだこれ」と笑い合った、その時間そのものだったんでしょうね。
その真意を肌で感じ取ったシュタルクの横顔は、なんだかとても大人びて見えました。
温泉街での休息と、フリーレンの「おばあちゃん」疑惑
後半は打って変わって、城塞都市ハイスでの休息回。
ここでもアニメオリジナルの演出が爆発していましたね!
まず、温泉上がりのフリーレン。
頭にタオルを巻いて、ガリガリ君みたいなアイスキャンディーをかじっている姿!
あんなにラフで無防備なフリーレン、原作にはなかったはずです。
こういう「生活感」の足し算が、キャラクターの実在感を高めてくれます。
そして何より、今回の最大の見どころと言っても過言ではない「フリーレンの癇癪(かんしゃく)」シーン。
シュタルクに「おばあちゃん」扱いされたことがきっかけで、過去の回想からの「3日3晩泣きわめく」という、字面だけでもパワーワードな展開。
アニメでのこのシーンの破壊力、凄まじかったですね。
布団に芋虫みたいにくるまったり、枕を投げたり、クローゼットに立てこもったり。
千年以上生きている大魔法使いが、まるで幼児退行したかのようにギャン泣きする姿。
声優の種﨑敦美さんの演技も相まって、もう笑いが止まりませんでした。
でも同時に、「ああ、彼女にとって『おばあちゃん』呼びはそこまで地雷なんだな」と(笑)。
彼女の中では自分はいつまでも「お姉さん」でありたい。
その乙女心(?)がいじらしくもあり、面倒くさくもあり。
このギャップこそがフリーレンというキャラの魅力だなと再確認しました。
「デート」へのドタバタ劇と、不器用な二人
さて、今回のメインイベントとも言えるのが、フェルンとシュタルクの「デート」騒動です。
きっかけはフェルンの
「私、明日暇なんですけど。構ってください」(出典:アニメ『葬送のフリーレン』第31話 / 原作:山田鐘人・アベツカサ)
という、とんでもなく遠回しで面倒くさいお誘い。
それに対するシュタルクの
「そんなに構ってほしいなら明日デートしようぜ」(出典:アニメ『葬送のフリーレン』第31話 / 原作:山田鐘人・アベツカサ)
という軽い返し。
この二人の距離感、本当にもどかしい!
シュタルクはからかったつもりだったのに、フェルンが本を落とすほど動揺して、そのまま逃げ出してしまうリアクションが可愛すぎました。
扉を閉めるのも忘れるほどテンパっているフェルン、珍しいですよね。
そこからのフリーレンへの相談タイムも見逃せません。
シュタルクの相談に乗るために、街へ繰り出すフリーレン。
ここが実質的な「デートの下見」になっているわけですが、ここで明かされる事実が今回の物語の核心部分だと感じました。
フリーレンは、フェルンの好きなものを次々と言い当てていきます。
市場の屋台、つまみ食い、甘いもの(気分によって変わる)、綺麗な装飾品、景色が良い静かな場所。
これらをスラスラと挙げていくフリーレンに、シュタルクは「やっぱり育ての親だな」と感心しますが、フリーレン自身は「私はすごくない。すごいのはハイターだよ」と否定します。
このシーン、アニメで見ると本当に泣けてくるんです。
回想シーンで、老いたハイターが幼いフェルンのことを嬉しそうにフリーレンに語る姿。
ジェスチャー混じりで「高いところが好きなんですよ」と説明してるようなハイターの仕草。
フェルンへの溢れんばかりの愛情。
フリーレンは「自分は人間を知らない」と言い続けてきましたが、ハイターが語ったフェルンの些細な好みを、一言一句忘れずに覚えていたんです。
「役に立つかわからない情報」だったはずなのに、それを大切に記憶していた。
それこそが、フリーレンがフェルンを大切に思っている何よりの証拠じゃないですか。
シュタルクが言った
「でも こうして ちゃんと覚えているじゃねえか。フリーレンは たぶん ちゃんと親をやれてるよ」(出典:アニメ『葬送のフリーレン』第31話 / 原作:山田鐘人・アベツカサ)
というセリフ。
これを聞いた時のフリーレンの、ちょっとだけ嬉しそうな、でも照れくさそうな表情。
彼女が旅をする理由は「人間を知るため」ですが、彼女はもう十分に、人の心に寄り添うことを知っているように見えます。
かつてハイターから託された想いが、フリーレンという器を通して、今フェルンのためのデートプランとして結実しようとしている。
この「想いのバトン」の美しさに、ただただ感動しました。
ちなみに、シュタルクへの「おばあちゃん発言のペナルティを1回分減らしてあげる」というオチも最高でしたね。
飴と鞭の使い方が上手い(笑)。
「デート」の定義と、かつての仲間たち
夜、今度はフェルンからの相談を受けるフリーレン。
ここでまた一つ、名言が飛び出しました。
「気心の知れた異性と二人きりで出かけたら、それはデートになるんだよ」(出典:アニメ『葬送のフリーレン』第31話 / 原作:山田鐘人・アベツカサ)
これはフリーレンの師匠であるフランメの受け売りだそうですが、この定義の広さがまたいい味を出しています。
フリーレンが挙げた「デートの経験」。
ヒンメルとの「迷い猫探し」、ザインとの「街歩き」。
フェルンは「それはデートじゃない」と呆れていましたが、フランメの定義に従えば、あるいはヒンメル側の気持ちを考えれば、それは紛れもなくデートだったのかもしれません。
特にヒンメルとのエピソード。
彼にとってフリーレンと二人きりで猫を探した時間は、どんな討伐任務よりも胸躍る「デート」だったに違いないんです。
フリーレンは当時は気づかなかったけれど、今こうして振り返ることで、あの日々が特別な彩りを持っていたことに気づき始めているのかもしれません。
第31話総括:日常の中に詰まった「フリーレンらしさ」
今回のエピソード全体を通して感じたのは、この作品特有の「間」と「空気感」の素晴らしさです。
派手な展開がなくても、ただ足湯に浸かって夕日を見たり、街の屋台でクレープを食べたり、宿の一室でどうでもいい痴話喧嘩をしたり。
そんな「旅の途中」の何気ない時間が、かけがえのない思い出になっていく過程を、私たちは見せてもらっているんだなと感じました。
アニメーションのクオリティも相変わらず異常なほど高かったです。
水の揺らぎ、髪の毛の動き、料理の湯気、そしてキャラクターたちの細やかな表情変化。
特に今回は、コミカルなシーン(号泣フリーレンやパニックになるフェルン)と、シリアスで情緒的なシーン(過去回想や夕日のシーン)のバランスが絶妙でした。
背景美術も美しく、ハイスの街並みやエトヴァス山の自然描写は、まるで自分もその場にいて空気を吸っているかのような没入感を与えてくれました。
次回はいよいよ、フェルンとシュタルクのデート本番でしょうか?
「構ってください」から始まった不器用な二人の関係が、このデートを通してどう変化していくのか。
そして、保護者目線で見守る(あるいはトラブルメーカーになる?)フリーレンがどう絡んでくるのか。
今から来週が待ち遠しくて仕方ありません。
「好きな場所」というサブタイトル。
これはフェルンの好きな場所を探す話であり、シュタルクがアイゼンの記憶と同じ場所に立ちたいと願う話であり、そしてフリーレンにとっての「今のパーティー」が、心地よい居場所(好きな場所)になっていることを示唆しているようにも思えました。
派手さはなくとも、心に深く残る名エピソード。
『葬送のフリーレン』という作品の奥深さを改めて思い知らされた第31話でした。
皆さんは今回のエピソード、どこが一番心に残りましたか? 私はやっぱり、ガリガリ君を食べるお風呂上がりのフリーレンと、3日3晩泣きわめくおばあちゃんフリーレンのギャップですね(笑)。
それでは、また次回の感想でお会いしましょう!

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